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2007/08/05(日)
『ありがとうございました。』


生後1ヵ月半のレオ。

皆様にた~くさんのコメントやメールを戴き本当にありがとうございました。感謝でいっぱいです。

本当は、キャリアのレオの飼い方、また安楽死について多大なお叱りを受けるだろうと思っていましたが、とても暖かいお言葉ばかりでした。私の心に感慨深く染み入って忘れる事はありません。

10年前、気付いた時は末期の癌で父が亡くなりました。闘病生活は8ヶ月くらい。その間病名を知らせなかったので、私は何度も、「図書館に行って調べてきてくれないか」と懇願されました。
それはさて置き、母の希望でありとあらゆる治療をした父は、抗癌剤に苦しみ、最期の方は痛みを和らげるためのモルヒネで、廃人の様になっていきました。
辛い苦しいあまりに、私の顔を見ると、骨と皮になった両手をすり合わせ、しゃがれたやっとの思いで搾り出す声で「殺してくれ」と懇願するのです。
もちろん人間ですから死なせてあげる事は出来ません。そのつらさと言ったら筆舌に尽くしがたいのです(泣)
亡くなる頃は、もう人間らしい意識は無くなって、ただそこに苦痛が存在しているだけ。
結局看取ったのは私ひとりでした。私が病院に行き母と交代して、母は疲れたので少し家で休むと言って帰ったあと、容態が急に変わって帰らぬ人になりました。
母は、「あぁ、見なくて良かった」と言いました。実際最期の場面は良く思い出します。

今回レオがこうなった時、「お願いだ、殺してくれ」と声にならない声で哀願した父の顔が何度も浮かんできました。
レオも入院した最初の時しか声が出なくなっていました。辛い苦しいも言わず健気に耐えていました。

だから…
私の使命として、(苦しめたくない、父もそう言っているから)と思いました。


ところで、病気又は事故で、私は何度も家猫、保護猫の死の場面を体験していますが、今度ほど辛くない死は初めてでした。
それは自分でも本当に驚きなのですが。
それは多分、4年間の覚悟の小出し?、つまりシュミレーションなのかな。常に想定をしていたってことと、発症から時間があり、その間にかなり苦しんだからかもです。

そしてキャリアであってもレオにとっていちばん快いと思える毎日を過ごさせてあげた事。
もしレオを、私には不可能だったけど、完全室内飼いに出来てたら、キャリアであっても長生きしたかもしれません。
でもその生をレオは喜んだでしょうか?!
多分、猫生が短くても、おいしい物を食べ、外の散歩を楽しみたい、そういう奴だったと思います。

ああ、それと、退院したいと意思表示したあと、家に連れ帰ってからの数日。それも大きいです。
帰れたのをすごく喜んでゴロゴロ言ってくれ、散歩に出て風を感じ、イイ顔をしてくれました。シラスとお刺身をおいしそうに食べてくれました。そして娘の布団に入って眠り、ゴロゴロし、赤ちゃんの様にもみもみしてくれました。
この最後の数日の様子は、私たちの心をとても癒してくれています。




今日は清水区の興津にある宋徳院という山寺で、荼毘にふして戴きました。
静かなお寺で雰囲気もよく、営利主義でもなく、暖かい雰囲気で本当に良かったです。
お骨をもらいに再度行きましたが、「大きい猫さんだったんですね。骨壷入りきれなくて、大きいのに入れ直しました」と言われました。

抱っこが大嫌いだったレオ。「男の沽券に関わる!!」みたいに、ウ~っと言ってすごく怒るから抱っこなんてした事がなくて、だから病院であんなにだるい状態でも抱っこは嫌って知っていた。
退院時キャリーに入れようとしたら、先生が「○○さん、レオ君抱っこしてあげたら?!」っておっしゃったけど。

そうじゃないの、先生。
私が薄情なんじゃなく、抱っこするとすぐ瞬時に下りるって言うのだもの。それは飼い主の私にしかわからないこと。
だから最後の最後のレオの気持ちも、私にはわかったのです。。。


「大きい猫さん」って言われたけど、こんな小さくなっちゃってるって思いながら、やっと嫌がられずに骨壷をしっかり抱いて帰ってきました。家に帰ってきてお骨を見て泣けました。お骨が愛しくて撫で撫でしました。

気が付くと、レオが入院した日から丁度1ヶ月が経っていました。

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あんだんて
レオくんのお見送りもすまされたとのこと、まずはお疲れさまでした。
まさに激動の1ヶ月でしたね。
亡くなったお父様のお話。。。わたしも8年前の8月に末期癌で父を亡くしました。不治の病で激痛に苦しむ患者さんに対するドクターや家族の思い、父が強く望んでいた「尊厳ある死」を迎えさせてあげるには、どうしてあげればよかったのか・・・今でも言葉にならない苦悶の表情で私に何かを訴えかけていた父の目や、もっともっとできることがあったのではないかという悔い等々、さまざまな思いが駆け巡ります。
レオくんの闘病記を読ませていただきながら、わたしも父の最期の日々を思い出していました。
レオくんが幸せな生を全うし、悔いのない死を迎えられるために、ハッチーさんは最大限のことをされたのだと思います。だからこそ、こうやって静かで穏やかな気持ちで、レオくんの生と死を語ることができておられるんだと確信しています。
レオくん、ほんと幸せでしたね&たくさんの教えてくれて、ありがとう!
2007/08/06(月) 14:46:04 | URL | [ 編集]
ゆっこちゃん
情けないけど涙がポロポロ出てきちゃって止まりません。
ハッチーさんもそんな辛い経験していたのですね。
同じ立場を超えてきたものにはハッチーさんの心の痛みがストレートに伝わってきて何と言ったらいいのかどうにも言葉がみつかりません。
何を言葉にして伝えても言葉には現せきれないから・・・・・・・・・

ただ・・・この決断がレオ君を愛するからこそだと誰もがわかっていますよ。
レオ君がハッツーさんの傍にきてくれて本当に良かった・・・・(ごめんなさい、涙です。)


2007/08/06(月) 21:10:52 | URL | [ 編集]
rupan
ハッチーさんの言葉やコメントされる飼い主様の言葉を見るだけで、大切な家族を失う悲しみを皆さん乗り越えてみえるんだなって、自分も同じ気持を体感しているだけに、涙がこみ上げてきます。私はパールと一緒に病気と戦いましたが、最期、安楽死を決断できなかったことを今になって後悔しています。1秒でも生きていて欲しい・・それはただの私のわがままで、パールの望むことではなかったのだと思っています。
それでも、そばにいてくれている。動物が与えてくれる愛情は、計り知れないですね。
パールとのお別れがあまりにもつらかったので、もう猫ちゃんは飼えないと思っていたのに、ルパンという大切な家族をハッチーさんが縁結びしてくださいました。ただただ感謝の気持ちです!
2007/08/06(月) 22:59:12 | URL | [ 編集]
ハッチー
あんだんてさん、ゆっこちゃん
同じ様な苦しみを体験されたんですね。
思い出させてすみません。

処置してくれた病院の先生は、「ここまで来たら終わらせてあげるの
はむしろ飼い主さんの愛情。
もし自分だったとしても(実際は許されていないけど)そうして欲しいと思いますしね。」
と、若いのに説得力のある意見を言ってくれましたが、それが私の
思いとぴったり一致していました。

人間サイドのこの問題は、団塊の世代の人たちが亡くなる頃に
なったら、もっともっと議論され、日本でも尊厳死が許されるように
なるかもしれません。
私ももし不治の苦しい病になったら、絶対尊厳死を望みます。
というか、易しく言えば、そうなったら、眠って良い夢を見ている
延長線上に死を迎えたいと思うでしょうし、愛する家族にも
そうしてあげたいと思うのです。

ある国では、苦しみもがくペットに、本当の意味での安楽死を
させてあげない方が残酷といいます。
我慢が美徳でもないし、『自然ではない』というのなら、ペットを
人間の意志で飼っている時点でもう自然ではなく、避妊手術や
その他の治療などを施すのも、充分自然ではないと思えます。

まぁケースバイケースで、不治の病でも万に一、助かる事もあるかも
しれないですから見極めも大事で、そして難しいですね。


2007/08/06(月) 23:19:04 | URL | [ 編集]
ハッチー
rupanさん
いつもルパンを可愛がってくださってありがとうございます!
成猫のルパンをもらって下さって、感謝でいっぱいです。
パールちゃんのお陰でルパンが幸せになれたのかもしれませんね。
パールちゃんにお礼を言いたい気分です。
rupanさんの愛情はきっとパールちゃんに届いているはず。
愛情をもって接してくれた飼い主さんを、ペットは死んでも
大好きなのですから。
きっと見守ってくれていると思います♪
2007/08/06(月) 23:36:22 | URL | [ 編集]












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